『博士の異常な愛情または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(以下博士の異常な愛情)は、映画好きなら知らない人のいない監督スタンリー・キューブリックの10作品目に当たる作品です。
舞台は冷戦真っ只中、核戦争目前に迫った世界。気が狂ってしまったリッパ―准尉は、マンドレイク大佐に陰謀論を語る。アメリカ政府は、地球上の生命を滅ぼす『皆殺し兵器』をソ連が作っているとの噂を聞き…。
特徴的で異常な人物たちによる、核を使うか使わないかをいい加減に決める、世界滅亡ブラックコメディ。
笑えるはずなんだけど、おぞましくて笑えない。
そんなキューブリックの名作映画をどこよりも詳しく紹介していきます。
目次
映画『博士の異常な愛情』の作品情報
【公開日】
1964年10月6日(日本)
【上映時間】
115分
【監督】
スタンリー・キューブリック
【出演者】
ストレンジラヴ博士:ピーター・セラーズ
ジャック・リッパ―准将:スターリング・ヘイドン
バック・タージドソン将軍:ジョージ・C・スコット
ライオネル・マンドレイク:ピーター・セラーズ
マーキン・マフリー大統領:ピーター・セラーズ
T・J・“キング”・コング少佐: スリム・ピケンズ
『博士の異常な愛情』のネタバレあらすじやラスト結末
マンドレークはリッパ―准将から電話を受けます。
リッパ―准将は「R作戦」という、ソ連との前面戦争の始まりを告げる緊急で重要な指令をします。
また、全兵士にラジオの没収も命じます。
ソ連に作戦を盗み聞きされることを恐れる様子は、正気とは思えませんでした。
コング少佐たちも、リッパ―准将からの指示を信じられず、演習を疑います。
しかし、核兵器の使用を許可するに至った覚悟や国民のため、そして自らの昇進を考え、コング少佐は指示が本物だと思うのです。
リッパ―准将の基地では、疑心暗鬼が渦巻いておりました。
近づくものを皆ソ連からの刺客だと判断し殺すことを、リッパ―准将は兵士に命じます。
そんな基地に、ラジオから音楽が流れてます。
どこもソ連からの攻撃など受けていなかったなどという報告を、リッパ―准将は信じません。
リッパ―准将は、アメリカ人はソ連の陰謀により、すでに共産主義的思想に歪まされさていると考え、R作戦の指示を止めませんでした。
ソ連は皆殺し兵器を作っていた!
ソ連に核兵器を落とすまで、残り数十分に迫っていました。
核兵器爆撃のパスワードを解読するには、数日かかることから、なんとかリッパ―准将の暴走を止めなくてはなりません。
このままだと、作戦通りにソ連を爆撃してしまいます。
冷戦に勝利するのならば、それでもいいではないかと、マフリー大統領は考えていました。
そんな矢先、ソ連の首相から電話がありました。
ソ連政府に、気が狂った一人の暴走により、水爆を投下してしまったこと、それを撃ち落としてほしいことをお願いします。
ソ連は秘密裏に皆殺し兵器を作っている。
そんな嘘か本当か分からぬ話が、アメリカ政府内に噂されていました。
皆殺し兵器とは、ソ連が核攻撃を受けた際、地球上の生命全てを滅ぼす史上最悪の兵器です。
ソ連はそれを「抑止力」だと考えていましたが、そうならばなぜ世界中に言わなかったのか。
言わなければ、抑止力にはなりえないじゃないか。
そんなアメリカ側の主張もむなしく、皆殺し兵器はソ連への攻撃をトリガーに、自動的に起動することを告げます。
ドイツ人から帰化したストレンジラヴ博士は、皆殺し兵器の素晴らしさを語ります。
人に委ねぬ機械的な簡単さこそが、これの魅力且つ抑止力たりえる部分です。
しかし、ソ連は公表を先延ばしにしていたのでした。
その理由は、首相がサプライズ好きだから。
リッパ―准将は疑心暗鬼を加速させていく
一方リッパ―准将の基地では、アメリカ人同士の殺し合いが行われていました。
ソ連の共産主義者は水の中に毒を仕込み、自らはウォッカばかりを飲むことで回避している。
そんな妄想ともいえる演説を、リッパ―准将は自慢げに語ります。
ついに、リッパ―准将の部下たちは降伏しました。
リッパ―は拷問を恐れ、自らの命を絶ちます。
最後まで、マンドレークに暗号を教えぬまま、自ら銃を頭に打ち込んだのです。
もう、水爆は止まりません。
3桁のパスワードを考えるマンドレークですが、いまいちピンとくるものが閃きません。
アメリカ軍はソ連に向かい…
R作戦は止まらず、何機ものアメリカ軍はソ連へと向かいます。
アメリカ政府の呼びかけやソ連の協力もあり、4機の撃墜、それ以外30機体の引き返しに成功します。
しかし、ソ連からは怒りの電話が鳴ります。なんと、ソ連が撃ち落としたのはわずか3機。
一機はまだ生き残っていたのです!
ソ連が報復行為をするための罠ではないのかと疑いながらも、ソ連に撃墜を要請します。
皆殺し兵器の起動は両国にとっても最悪のシナリオ。
それを引き留めねばならないのです。
ソ連もアメリカも、お互いを信じ切れずに、話は進みません。
そんな中、生き残った一機では、爆弾の鍵を開けずにいました。
このまま開かずにソ連が撃墜してくれれば!
そんな祈りもむなしく、兵士はミサイルにまたがり、ソ連の土地へと落ちていくのでした。
その表情はなんとも晴れやかでした。
皆殺し兵器は起動してしまう…
ストレンジラヴ博士は、人類が唯一生き残る方法を説きます。
それは、限られた炭鉱への避難。生き残る人間をコンピューターに判断してもらうことで、人類の厳選を提案しています。
女は若く、美人。
男は指導者として優秀なこと。
そして、女の割合を圧倒的に高くすることで、人類の繁殖を狙うのです。
唯一といっていい提案にも、アメリカ政府はソ連との争いを考えます。
炭鉱から出た未来で、ソ連に巻けてしまう可能性や、炭鉱に攻め込まれることを恐れ、判断ができずにいました。
ストレンジラヴ博士はナチスへの忠誠を誓い、車いすから立ち上がります。
そして、皆殺し兵器は世界を滅ぼしてしまいました。
スポンサーリンク
映画『博士の異常な愛情』を観た感想と考察
『博士の異常な愛情』は、世界が滅びる一秒前にすら、自分たちの国ことしか考えない人類の愚かさを描いた、少し難解で芸術的なブラックコメディです。
進化した人類の過ちを描くスタンリー・キューブリックのSFは他にも、『時計じかけのオレンジ』や『2001年、宇宙の旅』があります。
登場人物の名前が少しおかしい
ストレンジラヴやジャック・リッパ―、マンドレークなど、リアリティに欠ける登場人物の名前。正直どれも面白おかしいです。
いかにも架空という雰囲気は、この映画の導入「この物語は現実に起こりえないもの」だとするナレーションも相まって、コメディらしさを加速させています。
ナチスへの忠誠心を抑えきれないストレンジラブ博士や、気が狂って自殺したリッパー准将、核爆弾にまたがって喜びを叫んだコング少佐は特に、魅力のあるキャラクターだと思います。(博士の異常な愛情の元となった原作の小説家は、実際に核戦争を恐れて自殺しています)
目的と手段が入れ替わった人間の恐ろしさ
長々と続いた核兵器の投下を止めようと本葬する物語を無視して、コング少佐はソ連に爆弾を落としてしまいました。
ソ連もアメリカも、誰も望んでいなかった爆弾投下ですが、なぜ爆弾は落ちてしまったのでしょうか。
答えは、彼の目的と手段が入れ替わっていたからです。
コング少佐は最後、もはやなんのために爆弾を落とそうとしているのかも分からず、「爆弾を落とすこと=喜ぶべきこと」だと考えてしまっているのですね。
これは自分の国民のため、人類の平和のためと信じて始めた戦争がいつしか、相手を滅亡させることが目的になって泥沼化してしまう戦争と、構図が似ていますね。
そんな戦争そのものをばかにして笑う映画が、戦後20年以内に公開されていることを考えると、少しゾッとしてしまいます。
反戦映画?それとも?
戦争を題材に、その馬鹿馬鹿しさをブラックコメディとして描いている本作ですが、果たして、戦争なんて無意味で馬鹿馬鹿しいものだという反戦映画的メッセージを、スタンリー・キューブリックは描いているのでしょうか。
私はこの答えを否だと考えています。
この作品は戦争を題材・背景にしているだけで、最も中心には「人間」を映しているのです。
この映画が表現しているのは、戦争を繰り返すといった、人間の最も愚かな部分だけではありません。
利己的な政治家たちや、未来に恐れを抱いて自殺してしまう人、そして祖国の幻想を忘れられずに未来に歩けないままの人。
そういった、愚かな「人間」にフォーカスを当てているのです。
戦争は無意味です。
スタンリー・キューブリックは『フルメタルジャケット』(ベトナム戦争を描いた戦争映画)にて、そのようなメッセージも残しているかのように思えます。
しかし、『博士の異常な愛情』の本質はそこではないように、私は感じました。
映画『博士の異常な愛情』を観た評価とまとめ
ザ・ブラックコメディといった皮肉全開の本作品。
世界が滅亡してしまう危機に瀕する映画は数多くあります。
しかし、これほどまでにその出来事をあっけなく、そして馬鹿馬鹿しく描いた映画は他にないのではないでしょうか。
世界滅亡の危機のために行われる作戦も、人類の営みも全て、結局は無に帰ってしまいます。
「世の中全て、無意味なことで出来ている」というブラックコメディ的メッセージから逆説的に、無駄や無意味こそ人類の意味だと、深いメッセージ性を感じます。
人類の愚かさを笑いたくなるような、皮肉で少し難解な本作品を、あなたなりにメモをしながら、解釈してみてはいかがでしょうか。
スポンサーリンク