ポートランドの風刺漫画家ジョン・キャラハン、赤毛を靡かせて猛スピードで車椅子を走らせていたという破天荒な男がいました。

酒に溺れ、交通事故に遭い胸から下が麻痺し車椅子生活をするジョン。

自暴自棄になりながらも、禁酒に挑戦した彼は過去の傷の深さを知り、今まで自分を苦しめてきたものに向き合います。

その意外な方法とは?これは2010年、59歳で他界した世界で一番皮肉な風刺漫画家の心に響く感動の実話です。

監督は「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」「ラストデイズ」「ミルク」といった実在の人物をモデルにした作品を多く手掛けてきたガス・ヴァン・サント。

そんな映画のあらすじやネタバレをどこよりも詳しく紹介します。

スポンサーリンク

映画「ドント・ウォーリー」作品情報

【公開日】
2019年5月3日

【監督・脚本】
ガス・ヴァン・サント

【上映時間】
113分

【キャスト】
ジョン・キャラハン:ホアキン・フェニックス
ドニー:ジョナ・ヒル
アンヌ:ルーニー・マーラー
デクスター:ジャック・ブラック

映画「ドント・ウォーリー」あらすじとネタバレとラスト結末

ポートランドの漫画家、ジョン・キャラハン。

彼のモノクロで描くイラストは、過激なブラックジョークの風刺画だ。

彼のもつ刺激的なユーモアとゆるく、力のない線で描かれるキャラクターのバランスは見事でとても味があった。

賛否両論ある中、彼は一定のファンをを持ち評価されていた。

ジョンは今、壇上で車椅子に乗って講演会をしている。

自身の人生をユーモアたっぷりに語る講演会だった。

「僕が最後に歩いた日は、二日酔いなしで目覚めた日で、前の日の酒が残ってた日。」と得意の持ちネタから始まる人生の話だった。

自分の足で歩いた最後の日

ジョンが自分の足で歩いた最後の日の朝、目が覚めてすぐ、酒のストックを切らしたことに苛立ちを覚えていた。

酒の離脱症状が出るまで1時間ほどあった。新たな酒を求めて近くの酒屋に向かうジョン。

アルコール依存の症状を隠しつつ、新たな酒を購入し体の中にアルコールを流し込んだ。

暑い真夏の日だった。

プールのパーティーで女の子と遊び、そこでも酒を飲みまくるジョン。

そこでちょび髭を生やした巨漢のデクスターに声をかけられた。

デクスターもなかなか酔っ払っていた。違うパーティー会場にいけばもっと可愛い女の子がいるから、一緒に行かないか?と誘われ、ジョンはその誘いに乗った。

酔っ払い二人は気が合い、止まることを知らず酒を飲みまくった。

ハメも外しまくり、意識もハッキリしない状態になっても飲みまくる。

その状態で、二人は次のパーティー会場に行くためにデクスターの運転で車を走らせた。

真夏の夜、風が心地良かった。そのまま車は電柱に激突した。

全身麻痺、介護士付きの車椅子生活

ジョンが目を覚ますと、病院のベッドに固定された状態だった。

担当医から意識の確認をされた。

生きるか死ぬかの狭間をまだ彷徨っている状態のジョンは、掠れた声で「デクスターは?」と担当医に尋ねる

「帰ったよ。彼はかすり傷で済んだから。」とサッパリとした答えが返ってきた。

その後でジョンは一生麻痺状態であることを宣告された。ジョンの頬に一筋の涙が流れた。

間も無く、リハビリが始まったジョン。食事、排泄ができるようになった。

元からそんなに明るく楽しい性格だったわけではないが、今は以前よりもはるかに彩りを失い、未来には生き地獄の道が広がるだけだった。

ぼんやりとした表情に突然、笑顔が咲いた。目の前に突如現れた美女のアヌー。

リハビリの助手として、アヌーは来た。

しかし、ジョンの笑顔はすぐに消えてしまう。

どんな美女が現れようと、今のジョンは自分を憐れむことを止められず、身体の痛み、居心地の悪さに勝ることはできなかった。

しかし、ほんの少し彼女と話しただけで、心の中に小さくとも歓喜の気持ちが湧いたのは確かだった。

電動車椅子が配給され、指先で車椅子を動かせるようになった。

少しずつ体の動かせる領域が増え、外出もできるようになっていた。

時々は、笑ったりして1日の1コマを過ごすことも出来るほどに回復していた。

しかし事故があって車椅子生活になっても酒はやめられなかった。

若い介護人がつき、ジョンは酒が切れると大声をあげて癇癪を起こし、介護人と喧嘩するような生活だった。

全身麻痺しているため、一人では何もできないことにもストレスを感じていた。

悲しむことを忘れるために飲んだ酒でもっと悲しくなり、ただただ酒の前では無力な自分しか存在しなかった。

その苦しみがだんだん限界点に触れようとしていた。

新たな場所、少しの変化

禁酒会に入会希望するジョン。

アラノクラブという名のグループだった。

ジョンが、会場に出向いてみるとそこは大勢の人が集まり、集会の最初に今日で何日禁酒が続いているか一人一人発表し、讃えあっていた。

淡々と時間は流れ、アラノクラブのプログラムを仕切るドニーが挨拶をする。

彼もまた元アルコール依存症の一人。

ドニーのウィットに富んだジョークは知的で、崇高に感じたジョン。彼の話を聞いて、ジョンは笑っていた。

ジョンはドニーの家で開かれる座談会に参加した。

禁酒会仲間から派生した少し規模を小さくしたグループトーク。

中には、アルコールではない別の問題を抱えている者もいた。

それぞれが、自分の過去を振り返り、自分の中にある負の要素を受け入れて俯瞰視することで悪い癖(例えば飲酒や強盗、自殺など)に繋がることを防ぐためのコミュニティだ。

ジョンは最初の席で、母親から捨てられた幼少期のこと、酒を始めて飲んだ日のことを話した。

すると同席者の中にジョンを笑う者がいた。

腹を立てたジョン。

しかし、それは歓迎の意味もこめての笑いだった。

そこに集まる人はそれぞれに問題を抱えて集まった仲間たち。

そのことを理解したジョンは、この場所の居心地の良さを覚えたのだった。

母親の幻影が見えるジョン

ジョンは、実の母に会いたくなり身元を捜したことがあった。

少ない情報を伝えると、いとも簡単に母の名前のファイルが出てきた。

しかし、そのファイルには情報開示拒否のスタンプが捺されていた。

禁酒会に参加をしていても、酒は辞められずにいたジョン。

しかしある日の午後、ワインを飲もうとしたがコルクが開かず、ボトルごと手から落としてしまうジョン。

介護士も帰ってしまい、他の酒は手の届かないところに置かれていることを憎むジョン。

アルコールが切れて悲しみや憐れみの感情が強くなったとき、自分を捨てた母親への憎しみが湧いてきた。

なぜ、母は僕を捨てたのか。今どこで何をしているのか。憎しみが抑えられない。

すると、後ろに母の幻影が浮かんだ。

「あなたは善人だよ。お酒をやめて、幸せになれる。私はあなたを愛してるわよ」と優しい声でジョンに告げるのだった。

その声で、ジョンは禁酒ができると根拠のない自信が湧いた。

表現方法を見つけ、創作意欲に火が付いた

ジョンは正式にドニーの座談会グループのメンバーになり、アルコール依存と向き合うことを決めた。

同じ頃に、ジョンは油性マジックペンでイラストを描くようになった。

彼の中に「もっと」という欲が生まれ、美術の大学に通うまでになる。

大学で勉強をすると、たちまち自分の進むべき道をを見つけたような気分になったのだった。

それは、漫画家かギャグ作家になる道だった。

創造力が湧き出て、イラストを描く手は止まらない。

一人でいるのに笑いがこみ上げてくるほどだった。

溜まった漫画を本屋に持っていっては、店員に披露して笑わせていたジョン。

本屋の片隅で美しく立つ女性アヌーを見つけた。

彼女はキャビンアテンダントに転職していた。

彼女との再会を喜び、食事をしてから二人の距離は急激に縮まり、恋人同士になった。

幸せで彩りのある時間が流れた。

しかし、彼女はキャビンアテンダント。すぐにまたフライトで目の前から消えてしまうのだった。

ジョンは、時々幻想を見るようになっていた。

信頼していたドニーに相談していたが、彼のジョークは面白くても、決定的なアドバイスはいつも宗教軸に沿ったもの。

ジョンは少しそのアドバイスに嫌気がさし始めていた。

しかし、ジョンにとってドニーは必要な存在。何かあると電話をかけては相談をしていた。

徹底的にゆるすこと

ジョンは、溜まった漫画を大学の新聞部に売り込み大ウケ。

すぐに大学新聞に印刷されたのだ。

しかし、ジョンの描く漫画のブラックジョークを評価する人もいれば、過激だと言って受け入れない人が出てきた。

その中で、アトランタの新聞部から連載をしてほしいと依頼が来た。

他にも、一般の新聞社に記事を送っていたジョンに、いい返事はほとんどなかった。

いつも賛否両論の意見で、アンチの意見はやけに気にさわった。

ある日の座談会、ジョンは最近の愚痴をこぼしていた。

ドニーから、愚痴はやめようと言われたジョン。

ドニーが投げかける質問に答えていくうちに、ジョンは誰にも愛されてない寂しさを幼き頃から抱えていることに気付いた。

そしてまた、周りには誰一人として悪人がいないことにも気づいた。

不幸な自分と己を憐れみ、周りの人間を恨み、憎み、許していないだけだった。

悪人を作り出していたのはジョン自身だった。

少し前に母の幻影も見たことで、最近は今までにはない感覚が芽生えていたジョン。

ダニーは、許すことに専念してみては?とアドバイスをした。

ジョンは今までの人生に関わった人に直接会い、次々と謝罪をした。

今まで彼のことを恨んでいたが、事故を起こした張本人のデクスターに会いにいった。

デクスターは頭を丸めて厨房で働いていて、ジョンを見るなり謝りまくった。

ずっとジョンのことを気にかけて、謝りたかったが怖くて会えなかったと話すデクスター。

しかし、ジョンはデクスターに「謝るのは僕の方だ」と伝え、罪の意識を感じさせつづけたことに謝罪をした。

そして次は、母の番がきた。

母の実態を目の前にすることはできなかったが、いつも部屋に置いていた母の似顔絵の前で、ジョンは、今まで母を憎んでいたことに謝った。

因縁を持つ全ての人を許して、謝罪をしたジョン。気持ちが穏やかになりクリアになった。

クリアになったジョンに最終試練が見えた。それは1番許せていない自分自身を許すことだった。

自分を憐れみ、苦しめていた自分をジョンは許すのだった。

雑誌や新聞にジョンの漫画が掲載されるようになり、有名人になったジョン。

街に出ればいろいろな意見を聞かされる。

しかし、どんな批判的な意見でも今の彼は許せるようになっていた。

失いたくない人を失ってしまうこの世の仕組み

ある日の午後、禁酒生活が連日更新しているジョンはダニーと二人で会話をした。

母を許し、自分自身を許し、精神的に大きく成長したジョン。

ダニーはアルコール依存から立ち直った話を初めて聞かせてくれた。

そしてダニーの余命が残りわずかだということもジョンは知った。

人を救っているような偉大な人にも、必ず辛かった過去があり弱さがあったことを知るジョン。ダニーが言っていた「人は誰でも弱ければ、その分強くなれる」と言っていたことがやっとここで理解できた。

そしてまた、失いたくない人を失う仕組みが世の中にはあるとダニーは自らの命と引き換えでジョンに教えてくれた。

皮肉は感謝と愛の裏返し

ジョンは、舞台の上で講演会を開くほどの人物となった。

そのことを鼻にかけず、穏やかな声でユーモアを混じえて自分の人生を話している。

母から捨てられたことは、今では笑いをとる持ちネタとして語るまでになっていた。

日々生きて味わう経験から創作意欲を刺激する。

経験から新たな風刺画が生まれ続ける。経験は一人ではできない。

ジョン自身とジョンと関わる人がいて、はじめて経験ができ、作品へと繋がるのだった。

ジョンは人生に関わる全ての人に感謝の気持ちを伝え続けるのだった。

皮肉たっぷりなブラックユーモアを使って。

スポンサーリンク

映画「ドント・ウォーリー」を見た感想と考察

アルコール依存症のジョン・キャラバンは車で事故に遭い車椅子生活を余儀なくされます。

自暴自棄になりながらも、過去の傷に気づき、許したことで彼には生命力が湧き独創的な風刺画家にった実話を基にしたストーリーです。

ガス・ヴァン・サントの最高傑作の一作です

人間の繊細さや冷酷さ、希望や死生観を非常に柔らかく優しく表現してきたガス・ヴァン・サント。

彼の作品の多くは「ゆるし」がテーマになっています。

ジョンは「話す」ことで自分の過去に少し距離を「離し」ました。

そして、ダニーの巧みな導きで「ゆるす」行為に至った。

ジョンは、全てを許したことで自分の心自体も緩ませることに成功しました。

ゆるんで、余裕が生まれたことで、彼は漫画で人生を表現する術を身につけました。

これは、実話をもとに作られていますがガス・ヴァン・サントの、どんな人も非があり弱いがそれも許して受け入れようといった、監督自身の持つ大きな愛に溢れているのが伝わります。

決して華やかな演出は出てきませんが、人が苦しまずに生きられる本質をこの映画は教えてくれるような偉大な一作となっています。

失いたくない人を失い、多くの壁を乗り越えて完成しました

映画「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(97)で共作した今は亡きコメディ俳優ロビン・ウィリアムズがジョンキャラハンの自伝に魅せられ、彼の半生の映画化権を得ていました。

ロビン・ウィイアムズはジョンの人生に感動し、自らジョン役で映画化を希望していました。

また、ロビンは、落馬事故で車椅子生活をしていた盟友のクリストファー・リーヴを勇気づけるための企画でもありました。

しかし、映画が完成する前に、クリストファーは死去。その後ロビン・ウィリアムズも鬱が原因で自らの命を絶ってしまいました。

ガス・ヴァン・サントは、この企画を受け継ぎ、傑作を生み出しました。

劇中に出てくる「失いたくない人を失う」というセリフが、まるでガス自身の口から語られているかのようにも思えてなりません。

映画「ドント・ウォーリー」を見た評価とまとめ

決して華やかな大衆娯楽映画ではありませんが、「ゆるし」の行為がどれほど自分の心を軽くできるのかジョンを通して学ぶことができます。

映画は語りから入り、過去を振り返ったり、現在に戻ったりと時系列がバラバラになって観せられるので全体的に俯瞰した演出効果があります。

これがどこか皮肉さを匂わせ、そして巧みな死生観が漂っています。

この妙な浮遊感が、重大なテーマを扱っているのにも関わらず重くならずに最後まで観賞できる役割も。

主人公に感情移入をして観るタイプの映画ではありませんが、弱くて破天荒なジョン・キャラハンのように、自分自身を責めまくり、周りを悪人だらけにしてしまっている人は、まだまだ世に多く存在しているのが事実です。

でも映画タイトルでもあうようにドント・ウォーリー。

心配しないで。今の自分自身を責めないであげてください。

そんな優しい気持ちに気付かせてくれる傑作映画です。

スポンサーリンク

おすすめの記事