数々のエンターテインメントを生み出してきたハリウッドのヒットメーカー、スティーヴン・スピルバーグが監督した超大作、映画「シンドラーのリスト」。

ドイツ軍占領下のポーランドを舞台に、迫害されたユダヤ人を1100人も救い出した実在の人物を描いています。

第66回アカデミー賞ではなんと12部門にノミネート。

作品賞、監督賞、脚本賞など7部門で受賞の快挙を遂げています。

娯楽大衆映画のやり手としてのイメージが強いスピルバーグ監督の、映画作家としての一面を味わえる感動超大作!

そこで今回はシンドラーのリストのネタバレあらすじと感想考察や評価など、総合的な情報を解説していきます。

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映画「シンドラーのリスト」の作品情報

【公開日】
1994年2月26日(日本)

【上映時間】
195分

【監督】
スティーヴン・スピルバーグ

【製作】
スティーヴン・スピルバーグ
ジェラルド・モーレン
ブランコ・ラスティグ

【脚本】
スティーヴン・ザイリアン

【原作】
トーマス・キニーリー『シンドラーの箱船(Schindler's Ark)』

【出演者】
リーアム・ニーソン(オスカー・シンドラー)
ベン・キングスレー(イザック・シュターン)
レイフ・ファインズ(アーモン・ゲート)
キャロライン・グッドール(エミリエ・シンドラー)
ジョナサン・セガール(ポルデク・ペファーベルグ)
エンベス・デイヴィッツ(ヘレン・ヒルシュ)

映画「シンドラーのリスト」のネタバレとあらすじ

戦争はビジネスチャンス、ユダヤ人工場を立ち上げるシンドラー

時は第二次世界大戦下、ドイツ軍はポーランドの侵略を少しずつ進めている最中でした。

ネズミ以下の存在と呼ばれ、迫害されはじめるユダヤ人。

彼らはゲットーと呼ばれるユダヤ人だけを住まわせる狭い地区へと追いやられ、ドイツ軍の監視下に置かれた生活をしていました。

チェコ出身の実業家、オスカー・シンドラーはそんなゲットーのある都市クラクスへと単身やってきて新しい事業を始めようと腕を鳴らしています。

これまでに多くの事業をたちあげては結果を残すことができていなかったシンドラー。

彼は戦争をビジネスチャンスに変えるべく、クラクスで鍋工場を立ち上げます。

雇うのはユダヤ人、なぜなら支払うべき賃金が安くて済むためです。

職に付けなければ射殺、良くて強制収容所おくり、ゲットーにおいて職とは命を繋ぐためのものであり、収入のためのものではなかったのです。

命拾いをしたという思いで必死に働くユダヤ人労働者たちと、コスト削減ができる経営者シンドラー、このビジネスはうまく回りシンドラーは順調に巨額の資産をつくりあげてゆきます。

目の前で起こる惨劇、果たしてこの道は正しいのか?

富を得ていく一方で、ユダヤ人が理不尽に命を奪われてゆく戦争の残虐さに、シンドラーの心には居心地の悪さが芽生えてゆきます。

日々鳴り響く銃声、理由なく流される血。

自分が信頼をおく工場の会計士が自分の知らないところで収容所送りになりそうになり、加速してゆくユダヤ人迫害の日常は少しずつシンドラーに疑問をかきたたせます。

ユダヤ人のなかでもシンドラーの工場は噂になり、「善人シンドラーがユダヤ人を雇って救っている」と話題になります。
ナチ党員であるシンドラーにとって、そのような噂は命取り。

芽生える迫害への抵抗心と保身、シンドラーは綱渡りの日々でした。

そしてついにゲットーは解体され、そこに住まう全てのユダヤ人が収容所へと送られてゆきます。

収容所へむかう列を抜けた者はその場で射殺。

子供であっても容赦のないその現状を見渡しショックを受けたシンドラーは、いよいよ行動を開始しはじめます。

命をかくまう工場の立ち上げ、アウシュヴィッツ行きのユダヤ人を救うため立ち上がるシンドラー

収容所のひとつであるプワシュフ収容所の敷地内に、私営の工場をたちあげたシンドラー。

自身のビジネスのために技術者を工場で働かせる、その体裁はゲットーのときと同じでした。

収容所の所長に近づき、ビジネスパートナーの体裁でワイロを使って収容所の人員をひとり、またひとり工場へ配置してゆきます。

能力者に限らず一人でも多くのユダヤ人に工場の仕事を与えることで処刑から遠ざけようと画策するシンドラー。

そしていよいよドイツ軍の劣勢の色が隠しきれなくなってきた1944年のこと。

戦争犯罪の証拠隠滅に動き出したドイツ軍は、労働力として生かしてきたプワシュフ収容所のユダヤ人たちを一挙にアウシュヴィッツ収容所へと輸送しはじめます。

アウシュヴィッツ行きはつまり、直接的に毒ガス室送りであることを意味します。

プワシュフ収容所の解体とともに、シンドラーの収容所内工場も閉鎖されます。

敗戦へと向かいつつあるドイツ軍、シンドラーは資産を使いユダヤ人に国境を渡らせる

技術者の確保、ビジネスコストの削減という体裁をかかげ、ついに自身の母国チェコへとユダヤ人輸送をはじめるシンドラー。

思い出せるかぎりのユダヤ人たちの名前をチェコ輸送リストに載せ、アウシュヴィッツ行き人員を減らそうと模索。

手違いかはたまた作為的なものか、リストに載っているはずのユダヤ人がアウシュヴィッツへ送られる事件もありながら、最終的には1100人ものユダヤ人をチェコへ輸送することとなります。

チェコのシンドラーの工場では、軍需工業品の製造を行います。

しかしシンドラーの指示により、納品されるものは不良品ばかりでまともに商品として使用できるものはひとつもありません。

戦争で使われる軍事品の製造数を減らすことがシンドラーの目的だったのです。

もちろん工場の利益はゼロ、シンドラーはこれまでに築いた私財を投じて、ユダヤ人の命を繋ぐためだけに工場運営を行いました。

自分に救えた命は「1100人ものユダヤ人」か、「たった1100人のユダヤ人」か

そして訪れた終戦、ドイツ軍の無条件降伏が伝えられます。

シンドラーの工場は解体、工場を外から監視していたドイツ軍人は国へと帰り、ユダヤ人たちはその場で自由の身となりました。

一方のシンドラーはナチ党員であるため、敗戦により逃亡を余儀なくされます。

1100人もの命を救ったシンドラーとの別れに、指輪を送るユダヤ人労働者たち。

そこには「1つの生命を救う者が世界を救える」と刻印がありました。

もっと救える命があったはずだった、自分の車と引き換えに何人救えたことか、あと1人救えたはずなのに自分はそれをしなかった・・・。

シンドラーの偉業を讃えるユダヤ人たちを前にして、全力で救済に務めることができなかった罪悪感に嗚咽をあげるシンドラー。

崩れ落ちるシンドラーを、「シンドラーのユダヤ人」たちが優しく抱きとめるのでした。

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映画「シンドラーのリスト」感想と考察

ユダヤ系アメリカ人、スピルバーグ監督の苦悩

「シンドラーのリスト」は実話をもとにした小説が原作になっています。

何度か映像化の企画が持ち上がったなかで、監督に指名されたのはポーランド人のロマン・ポランスキー監督でした。

ポランスキーは幼少にアウシュヴィッツ収容所から逃げ出した経験がある、いうなれば当事者です。

母親をアウシュヴィッツでなくしているポランスキーにとって本作はあまりにも追体験・・・ポランスキーはこの依頼を断ります。

ポランスキーの降板のあとにも数人の監督で企画が持ち上がっては頓挫し、最終的にはスピルバーグ監督に白羽の矢がたちます。

今となっては巨匠と呼ばれるスピルバーグ監督ですが、1970年代では「未知との遭遇」や「ジョーズ」、1980年代には「レイダース」「E.T.」といったエンターテイメント映画で名を知らしめたため、興行的な成功とは反比例して「作家性のない大衆映画監督」のレッテルを張られていました。

1993年にアメリカで公開された本作「シンドラーのリスト」は、スピルバーグの持ち得る作家性を世に知らしめ、数々の賞を受賞。

この作品はスピルバーグ監督にとって、エンターテイナーを超えた巨匠としての道を歩み始める第一歩となりました。

実はスピルバーグ本人は、その苗字からわかるようにユダヤ系の家庭に生まれています。

しかしドイツ軍のミニタリープラモデルを作るのが大好きだったスピルバーグもまた、制作に際して彼の立場からさまざまな苦悩を抱えました。

自身がユダヤ系であることのプレッシャーや民族の辛い過去を背負った責任、一方で白人をヒーロー化した作品を手掛けることへのバッシング。

多くの困難を乗り越えての制作だったことは想像に容易いですが、だからこそエンタメ監督から映像作家へと飛躍した名作を生み出すことに成功したと言えるでしょう。

ちなみにスピルバーグは「ホロコーストから収入を得る」ことを避けるため、本作の興行収入からはギャラを受け取っていないそうです。

白黒映像における着色技法に注目

本作「シンドラーのリスト」は白黒映画として作られたことも大きな特徴です。

制作費が削減されること、そして記録映画の雰囲気を生み出すことを目的としていますが、ごく一部にのみ着色する手法を用いることで色の印象を強く引きだすことに成功しています。

ゲットーから収容所へと強制移送されていくユダヤ人の群衆のなかに、シンドラーは赤いコートを着た幼女を見つけ出します。

白黒の群衆、それも襲撃されバタバタと道端に倒れゆく人々のなかを、走るでもなくさ迷う赤い小さなコート。

古くは黒澤明監督の「天国と地獄」に見られた手法ですが、観客の視点を一点に集める絶大な効果があります。

幼女が殺りくから逃げまどう光景をみたシンドラーのショックを映像で表現したこのシーンは、観客の印象にも強く残ります。

ちなみにこの赤いコートの少女は、実際に強制移送されたユダヤ人たちが後に多くの目撃情報を残しています。

着る服の色すら指定されていたユダヤ人群衆のなかにおいて、真っ赤なコートはとても目立つ存在だったのです。

誰もが彼女の悲運で短い人生を想像し、本作の中ではシンドラーが赤いコートの少女の遺体を見つけるショッキングなシーンも登場しますが、この映画をきっかけに「あの少女は私である、私は隠れることに成功して生き残った」と名乗りを上げる女性があらわれています。

惨劇を潜り抜けて生き延びた赤いコートの少女にとってこの映画は「ユダヤ人を助けた善き人の映画」となるか「惨劇を生み出したドイツ人を英雄視する白人主義」となるか。

物事の多面性を思わせる映画であると言えるでしょう。

映画「シンドラーのリスト」の評価とまとめ

ハリウッドの制作者たちには、ユダヤ系の人々が多いことが広く知られています。

俗に言う「ユダヤ人はビジネススキルに長ける」といった民族的技能が影響しているのかもしれません。

虐げられたものは、その辛い歴史を語ることへの抵抗が大きいとされます。

ポランスキー監督が依頼を断ったことからもわかるように、本来ホロコースト映画というものはユダヤ系の多いハリウッドでは重い腰をあげての制作となっているはずです。

惨劇の歴史からビジネスを生み出すことに賛成しないハリウッド人も多くいることでしょう。

しかし「シンドラーのリスト」の原作は、シンドラーに助けられた人々が彼の功績を残すための証言をしたことから生み出されています。

一見冷徹にもみえるドイツ人実業家がユダヤ人を救っていた、ドイツ人を憎んでいるはずのユダヤ人がシンドラーの名を歴史に残そうとした、ドイツミニタリー好きなユダヤ系が監督することになった・・・

世界は「善と悪」には簡単に分けられないのだと考えさせられる、名作映画です。

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