「シザーハンズ」「アリス・イン・ワンダーランド」などで知られ、鬼才の名をほしいままにする監督ティム・バートンによるベストセラーの映画化。

タイトルの「ビッグ・フィッシュ」とは、ホラふきを意味しています。

釣りをした人間が、実際に釣りあげた以上のサイズの魚を釣ったかのようにホラをふくことに由来して、話を大げさに話すことを「ビッグ・フィッシュ」と言うのです。

本作は同名小説を原作にしていて、ティム・バートンのオリジナル作品ではありません。

しかし監督は作品公開の2003年(日本公開は翌2004年)に息子を授かっており、また自身の父親を亡くしてもいます。

おそらく個人的感情がたくさん込められた作品になったでしょう。

そこで今回はビッグフィッシュのネタバレあらすじと感想考察や評価など、総合的な情報を解説していきます。

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映画「ビッグ・フィッシュ」の作品情報

【公開日】
2004年5月15日(日本)

【上映時間】
125分

【監督】
ティム・バートン

【製作】
ブルース・コーエン
ダン・ジンクス
リチャード・D・ザナック

【脚本】
ジョン・オーガスト

【原作】
ダニエル・ウォレス
『ビッグフィッシュ - 父と息子のものがたり』

【出演者】
ユアン・マクレガー(若き日のエドワード・ブルーム)
アルバート・フィニー(現在のエドワード・ブルーム)
ビリー・クラダップ(ウィル・ブルーム)
アリソン・ローマン(若き日のサンドラ・ブルーム)
ジェシカ・ラング(サンドラ・ブルーム)
ヘレナ・ボナム=カーター(ジェニファー・ヒル / 魔女)
マリオン・コティヤール(ジョセフィーン・ブルーム)
マシュー・マッグローリー(巨人のカール)
ミッシー・パイル(ミルドレッド)
ダニー・デヴィート(エーモス・キャロウェイ団長)

映画「ビッグ・フィッシュ」のネタバレあらすじ

ホラふきの父に飽き飽き、疎遠になる父と息子

堅実に生きるジャーナリストのビリーは妻は出産を控え、人生の転機を迎えようとしていました。

ビリーの父エドワードは、これまでの自分の人生を人々に面白おかしく語る才能に長けた人物。

幼少にはそんなエドワードの冒険談に心を躍らせていたビリーも、いつしかその父の現実離れした話の数々を信じることができなくなっていました。

ビリーの結婚式で、いつものように参列者に自分の冒険談を話して盛り上げるエドワード。

「街に古くからいる伝説の巨大魚(ビッグ・フィッシュ)を結婚指輪をエサに釣り上げたんだ、あれはビリーが生まれた日だった…」

息子を愛する親心から話をしていたつもりのエドワードでしたが、そんな「本当のことは話さないホラふきの父」に嫌気がさしていたビリーは、一方的に父を拒絶。

ふたりは疎遠な関係になっていました。

病に伏す父、残された時間で父のことを知りたい

ある時、ビリーは母から電話をうけます。

エドワードが病床にふしていることを知り、久しぶりの父へ会いに実家へと向かうビリー。

残された時間のなかで、本当の父親の人生を話して欲しいと懇願するビリー。

しかしエドワードは、自分で起き上がることすらできなくなってなお、おとぎ話めいた人生しか語りません。

子供のときに会った魔女の瞳に映った自分の死に方を見ているから、死ぬのは怖くない。

病気で死ぬのではない、もっとすごい死に方だから楽しみにしていろ、と。

現実離れな出来事に満ちた父の人生、何が本当で何かファンタジーなのか?

久しぶりの実家で、ビリーは幼少から聞かされてきた父のファンタジーに満ちた人生の物語を思い起こしていました。

目に見えるスピードで成長する特別な子供だったこと、あらゆるスポーツを完璧にこなしていたこと、あるとき街に来た巨人とともに故郷を離れたこと。

故郷を離れた青年期のエドワードは、都会へいく道すがら見知らぬ小さな町にたどり着きます。

すべての住人が裸足で過ごすこの不思議な「スペクター」という町に親近感を覚えながらも、旅はまだ途中でした。

流れ着いた場所でサーカスを鑑賞する夜を過ごしたエドワード、観客のなかに美しい少女を見つけます。

運命の人であると瞬時に悟ったエドワードは、3年かけてサーカスで働き団長から少女の情報を少しずつ聞き出し見つけ出します。

その少女サンドラは婚約中の身でしたがエドワードは猛アタック、ついにはサンドラから結婚の許しを得るのでした。

結婚が決まり幸せになれると思ったのもつかの間、結婚式より早く3年間の徴兵命令が下ります。

少しでも早くサンドラの元に帰りたい一心で徴兵期間を短くするため危険な任務に志願し、戦地ベトナムでの任務をこなしてゆくエドワード。

危うく危険な目に合うも、身体がつながった双子の美女の助けを得て無事サンドラの待つアメリカへ。

エドワードは常にサンドラへの愛を機動力に、人生を駆け抜けてきたのです。

父を愛する人々とのふれあい、少しずつ見えてくる父の人間性

ビリーの妻、ジョセフィーンはエドワードの話を聞くのが好きでした。

ロマンチックな話がたくさん聞けると喜ぶジョセフィーンに、ビリーは実際の父は留守がちで別の家庭があることすら疑っていたと伝えます。

真実が見えないエドワードの言葉に翻弄されるビリーでしたが、家の納屋を掃除した際にある書類を見つけます。

それは「ジェニファー・ヒル」と署名のある信託証書、父の話を聞くためジェニファーを訪ねてゆくビリー。

彼女は、かつてエドワードが立ち寄った不思議の町スペクターで出会った町長の娘でした。

エドワードが大人になったジェニファーと再会したのは、戦地から戻りセールスマンとして仕事が軌道に乗っていたころのこと。

不況の波にのまれ廃墟となったスペクターの町の買収と再建に奮闘していたとき、ジェニファーの生活の立て直しをも担っていたのです。

ジェニファーの家を買取り、町を再建させ、そしてエドワードはサンドラの元へと戻ってゆきました。

ビリーは父とジェニファーの浮気を疑っていましたが、エドワードは確かに母サンドラのみを愛していたことを知ります。

物語を紡ぐことに長けた人であった、それは父の「真実」であると気づく

発作を起こし病院に運ばれたエドワード。

ビリーは父と家族の主治医から、ビリーが生まれた日の本当の話を聞くことができました。

遠方へと旅するセールスマンだったエドワードは、予定日よりも早く生まれたビリーとサンドラのもとに居ることができなかった。

ビリーの誕生に不在だったことを残念がる父の話は、真実の物語と、結婚指輪で巨大魚を釣り上げた話とどちらが面白いとおもう?主治医は問いかけます。

父を取り巻く人々から話を聞くごとに、エドワードが物語に「尾ひれ」をつける意義を見出してゆくビリー。

病院で過ごす深夜、エドワードは目を覚ますと、息子にせがみます。

「あの話をしてくれ、自分が死ぬときの話を・・・」

自分は凄い死に方をするんだと言い続けたエドワードでしたが、ビリーは具体的な話を聞いたことはありませんでした。

せがまれるままに、ビリーはその場で父に相応しい死に様の物語を紡いでゆきます。

病院から抜け出した僕と父さんは川へと向かうと、父さんを愛したすべての人々が川辺に集まっている。

本当の姿である巨大魚に変身した父さんは、さよならを言うと川へと戻っていった・・・これが父さんの最期の物語だよ。

満足げな顔を見せたエドワードは、静かに息を引き取りました。

そして物を語る生き様は、父から子へ継がれてゆく

町の教会で行われたエドワードの葬儀は、ビリーに大きな驚きをもたらしました。

巨人も、サーカス団員も、双子の美女も参列しています。

エドワードの話には長い尾ひれがついていたものの、すべてがファンタジーではありませんでした。

社交的で誰しもから愛された父、物語を作るのが好きだった父の真実の生きざまをビリーは知ることができたのです。

エドワード亡きあと、ビリーはエドワードの人生を自分の息子へと語り継ぎました。

物語が好きだったエドワードはついに、自分自身が物語となったのです。

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映画「ビッグ・フィッシュ」考察と感想

ティム・バートン流、ファンタジーの狭間

父から息子への愛を、父の半生の物語から知るちょっぴりファンタジーな家族愛映画。

この、「ちょっぴりファンタジー」という点が、ティム・バートン監督の腕の見せ所であったと筆者は考えています。

バートン監督の名前が広く知られるようになった作品といえば、ジョニー・デップが主演した「シザー・ハンズ」が有名。

保守的な郊外住宅街の中に、突如現れた両手がハサミの改造人間エドワード。

1行あらすじではSF要素を強く感じますが、バートン監督は「日常の街並み」に「非日常の改造人間」を絶妙なバランスで溶け込ませることで「ちょっぴりファンタジー」という唯一無二の世界観をみせました。

普段はどっぷりファンタジーな奇抜作品の印象が多いバートン監督。

本作におけるファンタジーに浸かりすぎない「日常」と「非日常」のバランスは、「非日常」を描くことに長けたバートン監督作だからこそできた配合なのです。

知ろうとしなければ気づけない「家族の愛」もある

愛し方はひとつではない、けれどもそのことに気づけない人はたくさん居ます。

とくに家族の愛の形には、誰もが不満を感じた経験があるのではないかと思います。

息子ビリーが病床にある父から、父の本当の話を聞きたいと願うのは愛です。

そしてまた、父エドワードが死に際においてもビッグフィッシュを語り続ける姿も信念のある愛です。

どちらも愛なのに、すれ違ってしまう…

本作は、ビリーがエドワードの愛のカタチを知る物語。

しかし思いがけず知っていったわけではなく、「知ろうとした」からたどり着いた答えでした。

ビリーは物語冒頭、自分とは違うタイプの人間である父を「よく知った他人」と呼びます。

しかし近くにいるから知っていたつもりが、まったく見えていない知らない部分があるのも家族の特徴です。

ひとりの人間としての父を、そして母を知りたいと思わせてくれる物語、それが映画「ビッグ・フィッシュ」です。

結末に向けての畳みかける伏線回収が泣ける

ビッグフィッシュでは父エドワードが「巨人の話「狼に変身するサーカスの団長の話」など、多くのホラ話を語ります。

ただ、ビリーはそのホラ話がすべて嘘ではないことを、葬式に来た人たちを見て気が付きます。

結末に向けての今までの伏線回収と相まって、ビリーがエドワードの愛を気づくシーンなど泣けますね。

ビッグフィッシュの評価とまとめ

言霊の強さを感じる映画です。

嘘をつけと言っているわけではないし、ファンタジーを肯定するわけでもないけれど、本当のことだけが大切なのでしょうか?

目に見えないことや証明できないことを不審に思うのは簡単なことです。

しかしそんな真実にくっついた「尾ひれ」にこそ守ってゆきたい大切な生きざまが宿ることもあるのです。

視野を広げて生きてゆくことの必要性、家族をひとりの人間として知ることの価値、愛の多様性を知る責任、さまざまな思いが交差している映画です。

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